昨日のメッセージをメモ📝
最善なんて与えられないんだろうな、というのが私の生き方だった
人生を送っていて、何かこれは神様の恵みかな、祝福かな、と思う事はあると思うが
神様の恵みというのは、その程度じゃない
もっと深い
生きて働く神様の業というのは普通じゃない
愛されているから、私達に働く
愛されているレベルは普通じゃない
問題が起こるとき 「神様、私を見捨てたのですか」という風に言う人がいる
全然見捨ててない、とんでもない、
非常に素晴らしい手を持って最善の助けをしようとしている
ただ、こちらが信じられない
最善の主の手が働いている
だから全てを感謝しろと言っている
助けがあるかどうか分からないけど、全てを感謝しろと言っているのじゃなくて、
最善の神の助けが与えられようとしている、
だから全てを感謝しろと言っている
私はこんな風になっちゃうんじゃないか、私は神様の手はちゃんと届かないんじゃないか
そういった不安、マイナス的な思考を選んでしまうと
→それが神様が働くのを出来なくなるポイント
⇒不信仰
私ほど主に祝福されている人はいない
私ほど沢山の祝福を受けている者はいないし、
私ほど、困難にあった時に助けを受けるものはいない
助けを私程うける者はいない
→それが正しい
私は助けられるんだろうか、最善が与えられるんだろうか
困難から明るい道に導かれんだろうか、と疑っている時に
その神様の祝福の恵みは断ち切られてしまう
不信仰は神の恵みを切ってしまうから
私達ほど祝福され、多くの恵みを受けている者はない
聖書の教え
全ての事を感謝しろというのは、全ての事に主が益に働いていると言っている
天におけるあらゆる霊的祝福をもって祝福した
天における最高の恵み
イエスキリストの恵み 一度も罪をおかしたことがない方の恵みを受けた
最高の恵みが私に注がれていると書いてある 事実である
信仰の対応を取る中で私達はそれを見て行く
